Chapter 2
第二章 曇り空の約束
約束の夜、雲が広がる天気予報に美月は不安を隠せない。翔太は彼女を励まし、放課後に望遠鏡の最終調整をする。星降る丘へ向かう道中も、空は曇ったままだ。それでも二人は望遠鏡を設置し、待ち続ける。雲の切れ間から現れた一筋の流れ星に、美月の目が輝く。
翌朝、教室に入ると、美月が窓の外を見つめていた。翔太が近づくと、彼女は気づいて振り返った。その顔は、昨日の笑顔とは違って、どこか曇っている。
「おはよう。どうした?」
翔太が声をかけると、美月はスマホの画面を見せた。
「今夜、天気が崩れるって…」
画面には、夕方から雲が増えるという予報が出ている。星どころか、雨が降るかもしれない。
「でも、夜には回復するかもよ」
翔太は自分に言い聞かせるように言った。美月は小さくうなずいたが、不安そうな表情は消えない。
放課後、二人は天文台に集まった。翔太が望遠鏡のネジを確かめると、昨日直した部分が少し緩んでいる。
「もう一度締めておこう」
美月が工具を手渡す。翔太は丁寧に締め直し、最後に全体を拭いた。
「よし、これで大丈夫」
「ありがとう。翔太くんがいてくれてよかった」
美月の声が、少しだけ軽くなった。翔太は胸の奥が温かくなるのを感じた。
外に出ると、空はまだ青いが、西の地平線にうっすらと雲が見える。二人は望遠鏡を抱えて、星降る丘へ向かった。校舎の裏手にあるその丘は、確かに街灯が一つもなく、昼間でも静かだった。
「ここだよ」
美月が立ち止まった。草が膝まで伸びている。翔太は場所を整え、三脚を設置した。美月がレンズキャップを外し、空に向けて調整を始める。
雲が少しずつ広がってきた。夕焼けが雲に染まり、美しいが、星には見えない。
「もうすぐ暗くなるね」
翔太は言った。美月は黙って空を見上げている。その横顔は、祈るように見えた。
暗くなるにつれ、雲の切れ間から星がちらりと見え隠れする。美月が望遠鏡を覗いた。
「まだ、見えない…」
時間が過ぎる。風が冷たくなってきた。翔太は自分の上着を脱いで、美月の肩にかけた。
「風邪ひくよ」
美月は驚いた顔をして、すぐに小さく「ありがとう」と言った。その声は震えていた。
「流れ星、見えるかな」
翔太は聞いた。美月はうつむきながら、
「わからない。でも、翔太くんが一緒だから、大丈夫」
その言葉に、翔太の心臓が大きく跳ねた。
「あっ!」
美月が突然、空を指さした。翔太も見上げる。雲の切れ間から、一筋の光が走った。流星だ。
「見えた!」
美月の声が弾んだ。その瞬間、雲がさらに裂け、無数の星が顔を出す。そして光の帯が空を横切った。
二人は声も出さずに、その光景に見入った。翔太の手が、知らずに美月の手を探す。触れた指先が、ひんやりと冷たかった。美月は一瞬驚いたが、そのまま手を離さなかった。
「すごい…」
美月がつぶやく。その声が、翔太の胸に響いた。
流星群は十分以上続いた。最後の一筋が消えた後、空はまた雲に覆われ始めた。
「終わっちゃったね」
美月が翔太の手を離して、望遠鏡のキャップを閉めた。
「でも、見られてよかった」
翔太はうなずいた。空はすっかり曇り、ぽつりと雨が落ちてきた。
「急ごう」
翔太が望遠鏡を担ぎ、美月も残りの道具を抱える。雨足が強くなる前に、二人は丘を駆け下りた。
校舎の軒下にたどり着いた時には、二人ともずぶ濡れだった。美月が笑い出す。
「びしょびしょだね」
翔太もつられて笑った。
「でも、ちゃんと見えた」
美月は翔太を見つめて、真剣な目で言った。
「また、一緒に見てくれる?」
その問いかけに、翔太は心の奥が熱くなるのを感じた。
「もちろん。次の流星群も、その次も」
美月の瞳に、涙が光った。雨のせいかもしれない。それでも、翔太はその涙が、嬉しさの証だと信じた。
「約束だよ」
「約束」
二人の声が、雨音に消えた。