Chapter 1
Chapter 1
放課後の天文台で、翔太は星の観測をしていた美月と出会う。彼女の情熱に惹かれた翔太は、一緒に流星群を見ることになるが、望遠鏡が故障し、修理のため翌夜の再会を約束する。
「もう一度、そこ、押さえてくれる?」
美月の指が星図の上を滑る。翔太は慌てて図面の端を押さえた。放課後の天文台は、普段は誰もいない。今日は忘れ物を取りに来ただけなのに、同じクラスの彼女が望遠鏡の前に座っていた。
「ごめん、邪魔した?」
「ううん、ちょうど良かった。手伝ってほしいところだったの」
美月は笑って、星図を広げ直した。夕日が窓から差し込み、彼女の横顔を照らす。翔太はなぜか目を離せなかった。
「今夜、流星群があるんだ。でも、この星図、古くてズレてて…新しいデータと照合したいんだけど、一人だと大変で」
翔太は天文に詳しくない。でも、彼女の困った顔を見て、断れなかった。
「俺でよければ」
「ありがとう!」
二人は星図とノートパソコンを並べて作業を始めた。美月は次々に星の名前を口にする。ベガ、アルタイル、デネブ…翔太は聞いたことのない名前をつぶやく度に、彼女が嬉しそうに説明してくれた。その度に彼女の指が星図の上を軽く叩く。翔太は、その指の動きに見入ってしまった。
「翔太くんは、星に興味ある?」
「いや…全然。でも、今日はちょっと面白いかも」
そう言うと、美月は目を丸くして、それから柔らかく微笑んだ。その笑顔が夕焼けの光と重なって、翔太の胸がなぜか締め付けられた。
一時間ほど経ったころ、外が暗くなり始めた。美月が望遠鏡をセットし始める。
「そろそろ見えるよ。一緒に見ない?」
翔太はうなずいた。望遠鏡の接眼レンズを覗くと、無数の星が飛び込んできた。その美しさに、言葉を失う。
「すごい…」
「でしょ?でも、本当はもっと綺麗な場所があるんだ」
美月は、校舎の裏手にある小高い丘を指さした。
「あそこ、『星降る丘』って呼ばれてるんだ。街灯がなくて、天の川がはっきり見えるの」
翔太はその名前を知っていた。噂には聞いていたが、行ったことはない。
「じゃあ、今夜は行かないの?」
「行きたいけど…この望遠鏡、最近調子が悪くて。今夜中に直さないと、明日の流星群に間に合わない」
彼女は困ったように、望遠鏡の脚部を軽く叩いた。確かに、少しガタついている。翔太の工具箱が倉庫にあるのを思い出したのは、その時だ。
「俺、工具なら持ってる。校舎の倉庫にあるはずだ」
美月が顔を上げる。その瞳が、星のように輝いた。
「本当?」
「ああ。直るか分からないけど、やってみる価値はある」
二人は倉庫に行き、工具箱を探し出した。戻ってくると、もう外は真っ暗だった。美月が懐中電灯を照らしながら、翔太に指示を出す。翔太はネジを回し、レンズを拭き、微調整を繰り返した。
「もっと左のネジを…そう、そこ。少し緩めてから締め直して」
美月の声が真剣で、翔太は無意識に息を詰めた。工具の感触が手に伝わる。金属の冷たさと、彼女の温かい声。三十分ほど格闘した後、カチッと音がして、望遠鏡が固定された。
「直った!」
美月が歓声を上げる。その拍子に、翔太の手が彼女の手に触れた。二人は同時に驚いて、顔を見合わせた。
「あ…ごめん」
「ううん、ありがとう。本当に助かった」
美月は顔を赤らめて、望遠鏡を空に向けた。翔太も、心臓の鼓動が速くなるのを感じた。彼女の指が、まだ自分の手の甲に触れていたような感覚が残っている。
「じゃあ…明日の夜、星降る丘で。一緒に見てくれない?」
翔太は一瞬、言葉を失った。美月の真剣な眼差しが、胸に響く。
「いいよ。俺でよければ」
「約束だよ!」
彼女の笑顔は、今まで見たどんな星よりも眩しかった。翔太は、その笑顔を守りたいと、初めて思った。
その時、美月がふと空を見上げた。
「曇り空になってきたね…明日、晴れるといいな」
翔太も窓の外を見る。東の空に、厚い雲が広がり始めている。
「大丈夫だ。俺が晴れ男だから」
「本当?」
美月が笑う。その笑い声が、暗い天文台に響いた。翔太は工具箱を閉めながら、明日の夜が待ち遠しいと思った。ポケットの中で、ネジが一つ余っていることに気づかないまま。