Chapter 3
Episode 3
雨の中、二人は校舎の軒下に立っていた。翔太の腕には望遠鏡のケースが、美月の手には三脚のバッグがある。水滴が髪の毛先から落ちて、地面に小さな染みを作る。
「本当に、ずぶ濡れだね」
美月が前髪を絞りながら笑う。その仕草がおどけていて、翔太も思わず口元が緩む。
「風邪引く前に、帰ろう」
翔太は言って、望遠鏡を抱え直した。美月もうなずく。
歩き出そうとした時、美月が突然立ち止まった。
「あの…翔太くん」
翔太が振り返ると、彼女は雨に濡れた髪を耳にかけながら、何かを迷っているように視線を落としていた。軒下から滴る雨粒の音だけが、しばらく続いた。
「次の流星群、いつか調べてあるの」
美月が顔を上げる。その瞳には、さっきまでの迷いが消えていた。
「一ヶ月後。もっとたくさん見えるはずなんだ」
翔太は、彼女の真剣な目を見つめ返した。心臓が早鐘を打つ。
「その時は…また、一緒に修理から始める?」
翔太は軽い冗談めかして言った。美月がぱっと笑顔になる。
「うん。でも今度は、予備の部品も用意しておくね」
二人は笑い合った。雨が小降りになり始めている。
「じゃあ、明日」
翔太が言うと、美月はうなずいた。
「うん。明日、天文台で」
彼女は少しだけ近づいて、翔太の袖をそっと引いた。
「ありがとう。今日、一緒にいてくれて」
その声は雨音に溶けそうなくらい小さかったけれど、翔太の耳にははっきりと届いた。
「俺の方こそ、ありがとう。こんなに綺麗なもの、見せてもらったことないから」
美月の頬が赤くなる。それから彼女は一歩下がって、傘を広げた。
「じゃあね、翔太くん」
「ああ。気をつけて帰れよ」
美月は振り返りながら手を振ると、雨の中へ歩き出した。翔太はその後ろ姿が角を曲がって見えなくなるまで、その場で見送っていた。
翌朝、教室のドアをくぐると、美月が窓際の席から手を振っている。昨日の雨が嘘のような快晴だった。
「おはよう」
翔太が近づくと、美月はこっそりとスマホを見せた。画面には、星図アプリが開いてある。赤い丸で囲まれた日付が、ちょうど一ヶ月後を示していた。
「見て。この日がピークなんだって」
美月の声が弾む。翔太はその画面をのぞき込みながら、彼女の肩越しに窓の外の青空が広がっているのを感じた。
「楽しみだな」
翔太が言うと、美月は驚いたように瞬きをして、それから柔らかく微笑んだ。
「本当に?天文に詳しくないって言ってたのに」
「でも、美月と一緒なら、どんな星でも面白いよ」
言ってから、翔太は自分の言葉が恥ずかしくなった。美月も一瞬固まって、顔を赤らめる。
「そ、そう…じゃあ、今日の放課後、天文台で星図を見直さない?一ヶ月後の準備を一緒にしよう」
翔太はうなずいた。朝の光の中で、美月の髪が金色に輝いている。その横顔を見ながら、翔太は思った。一ヶ月後も、その先も、ずっとこの笑顔を見ていたいと。
放課後のチャイムが鳴る。翔太が立ち上がると、美月が教科書を片付けながら振り返った。
「行こう、翔太くん」
教室の窓から差し込む夕日が、二人の影を長く伸ばしていた。