Chapter 2
真実への渇望
世界の創造主を探し始めたシドル。しかし、友人や恋人ができ、充実した日々を送る中で、真実を追求することの意味に迷いが生じる。現実の幸福と、未知なる真実との間で、彼の葛藤は深まっていく。
学校への道は、いつもより重く、アスファルトのひび割れさえも、シドルの心のもつれを映し出しているかのようだった。昨日の、あの老人の言葉が、まだ耳の奥でこだましている。「この世界は作られたものだ」「お前も、作られた人間だ」――。そんな馬鹿な、と頭では否定した。だが、心は、まるで磁石が鉄を引き寄せるように、その言葉に惹かれていく。
「作られた世界……作られた人生……」
口に出してみると、その響きは奇妙に空虚だった。まるで、誰かの書いた脚本をなぞっているかのような、そんな感覚。これまで、ただ流されるままに生きてきた。学校へ行き、授業を受け、家に帰る。友達と笑い、時には些細なことで傷つき、また立ち上がる。それが、自分の人生だと思っていた。だが、もし、それがすべて偽りだとしたら?
胸の奥が、ざわざわと騒ぎ始めた。それは、恐怖なのか、それとも、焦がれるような渇望なのか、自分でも判別がつかなかった。ただ一つ確かなのは、このままではいられない、ということ。この世界の、そして自分の、本当の姿を知りたい。その衝動が、シドルを突き動かしていた。
学校に着くと、いつもと変わらない喧騒が彼を迎えた。クラスメイトたちの話し声、机を叩く音、窓の外から聞こえる鳥のさえずり。すべてが、昨日まで当たり前だった、けれど、今はどこか遠いもののように感じられた。
「シドル、おはよう!」
元気な声に、シドルは顔を上げた。そこには、彼の唯一の友達が、満面の笑みで立っていた。その屈託のない笑顔に、シドルは少しだけ、胸のつかえが軽くなるのを感じた。
「おはよう」
「なんだか元気ないね。昨日はどうしたの?」
友達は、シドルの隣に座り、心配そうに覗き込んだ。シドルは、一瞬迷った。あの老人の話を、どう伝えればいいのだろう。信じてもらえるだろうか。いや、そもそも、自分自身がまだ、その真偽を確かめられていないのだ。
「いや、ちょっと、考え事をしてただけだよ」
「ふーん。まあ、何かあったら、いつでも聞くからね」
友達は、そう言って、シドルの肩を軽く叩いた。その温かさに、シドルは救われるような思いがした。この友達だけは、どんな自分でも受け入れてくれる。そんな確信があった。
授業中も、シドルの頭の中は、あの老人の言葉でいっぱいだった。先生の話す内容は、まるで遠い国の言葉のように、頭に入ってこない。教科書の文字は、意味もなく揺らめいている。
(この世界を作った人……それは、一体、誰なんだろう?)
頭の中で、様々な顔が浮かんだ。偉人、科学者、あるいは、神のような存在。でも、それは、あまりにも漠然としていて、具体的な姿を結ばない。
放課後、シドルは一人、学校の裏庭にいた。古いブランコが、風に揺れている。誰もいない静かな場所で、彼は、本当の自分と向き合おうとしていた。
「もし、この世界が作られたものなら、僕も、作られた人間なら……」
それは、あまりにも恐ろしい仮説だった。自分の意志で選んだ道、自分の力で掴んだはずの成功、そして、流した涙。それらすべてが、誰かの意図によって仕組まれたものだとしたら?
その時、誰かが、彼の名前を呼んだ。
「シドル!」
振り返ると、そこにいたのは……。
「やあ、シドル。元気だった?」
それは、彼女だった。シドルが、密かに想いを寄せていた、クラスメイトの、彼女。彼女の笑顔は、まるで陽だまりのように暖かく、シドルの心を優しく包み込んだ。
「あ、えっと、元気だよ。君は?」
「私も元気!ねえ、今日、一緒に帰らない?」
彼女の誘いに、シドルの心臓は、ドキリと跳ねた。今まで、こんな風に誘われたことはなかった。
「え、うん、もちろん!」
彼女と歩く帰り道は、いつもよりずっと短く感じられた。彼女は、今日の授業のこと、部活のこと、他愛のない話で、シドルを飽きさせなかった。シドルも、少しずつ、いつもの自分を取り戻していく。彼女の屈託のない笑顔を見ていると、あの老人の言葉は、まるで遠い夢のように、霞んでいく気がした。
「ねえ、シドル」
ふと、彼女が、真剣な表情で、シドルの顔を見つめた。
「どうしたの?」
「あのね、シドルって、いつも、何か遠くを見ているみたい。何か、悩んでるの?」
その言葉に、シドルは、ドキリとした。彼女は、自分の心の奥底を見透かしているかのようだった。
「いや、別に……」
「嘘。私には、わかるよ。シドルが、何か、大事なものを探してるってこと」
彼女は、そう言って、シドルの手を、そっと握った。その温かさに、シドルは、思わず、目を伏せた。
「僕が……僕が、この世界の真実を探してるって、君は、そう言いたいのかい?」
彼女は、何も言わずに、ただ、シドルの手を、強く握り返した。その沈黙が、シドルにとって、何よりも雄弁な答えだった。
それから、シドルと彼女の関係は、急速に深まっていった。放課後、一緒に図書館で勉強したり、週末には、街を散策したり。彼女は、シドルの心の支えとなり、そして、彼の人生に、彩りを与えてくれた。
シドルは、彼女といる時、自分が「作られた人間」だということを、忘れられた。彼女との時間は、まるで、この世界が、本当に、自分たちのために存在しているかのような、そんな感覚を与えてくれた。
しかし、心の奥底では、あの老人の言葉が、まだ、くすぶっていた。
(本当に、これでいいのだろうか?)
彼女との幸せな時間は、確かに、かけがえのないものだった。だが、それと同時に、真実を知りたいという、あの渇望も、消えることはなかった。
ある日、シドルは、一人で、街の図書館にいた。古い書物の中に、この世界の起源に関する記述がないか、探していたのだ。彼女に、このことを話せば、心配させてしまうだろう。だから、一人で、調べることにした。
分厚い歴史書をめくりながら、シドルは、ある一節に目を奪われた。それは、この世界の創造主とされる、ある人物についての記述だった。
「彼は、すべてを創造し、そして、すべてを支配した……」
その言葉は、シドルの心を、強く揺さぶった。もし、この記述が真実なら、この創造主を探し出せば、すべての謎が解けるのかもしれない。
その夜、シドルは、彼女に、自分の探求心について、打ち明けた。
「俺は……この世界の本当のことを知りたいんだ。この世界が、どうやって始まったのか、そして、俺たちが、何のために、ここにいるのか……」
彼女は、静かに、シドルの話を聞いていた。そして、しばらくして、彼女は、静かに口を開いた。
「シドルが、真実を探したい気持ちは、わかる。でも、もし、その真実が、シドルを苦しめるものだったら、どうするの?」
その言葉は、シドルの心に、深く突き刺さった。彼女は、シドルのことを、誰よりも理解してくれている。
「でも……」
「シドル、あなたは、もう、一人じゃない。私たちがいるよ」
彼女は、そう言って、シドルの手を、優しく握った。その温かさに、シドルは、胸が熱くなるのを感じた。
その数日後、シドルは、ある集まりに参加していた。それは、この世界の真実を語る、と自称する、様々な人々が集まる、秘密の会合だった。
そこで、シドルは、衝撃的な人物と出会う。
「ほう、君が、シドル、か